3.教坊鼓/キョバンゴ (勝戦舞)

高麗時代一人の忠臣が、暴君の激に触れ島流しの憂き目にあってしまい
ます。民の苦しみを理解されるようにと祈願をこめてひたすらその太鼓
を打ち舞ったと伝えられます。その祈願の舞いは、教坊鼓と成りました。
壬辰倭乱(1592年文禄、慶長の役)時の李舜臣将軍の勝利を、祝い「チ
ファジャ(うれしいの意)」の歌声と共に教坊鼓が舞われました。
      4.教坊剣舞/キョバンコンム
百済の国に敗れた新羅の国にクウアンチャンと言う花郎道(韓国の武士道)
の士がいました。王君の前で剣の舞を舞いながら王君に一刀報いようとし
ますが失敗してしまいます。見事な舞いと7才という歳にも免じて無罪放免
されますが、クウアンチャンは再度の機会を伺い暗殺しようとしますが、
二度目も失敗、、、。 その後クウアンチャンの死を悼み舞踊家達によって
剣舞は、舞われてきました。

教坊鼓

剣舞

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